佐々木麟太郎wikiプロフ!お米大好きで努力家!大谷の父も絶賛

花巻東高校の野球部から、スタンフォード大への進学が決まった佐々木麟太郎選手。

学力だけでなく人間性も高く評価されたと思われますが、どのような人物なのか気になりますね!

今回は佐々木麟太郎さんのwiki風プロフィールとして、幼少期のエピソードやあの大谷選手の父親との関係、そして名前の由来などから、どのような人物なのかを探ってみました。

目次

佐々木麟太郎さんのwiki風プロフィールはこちら。

  • 名前:佐々木麟太郎(ささきりんたろう)
  • 生年月日:2005年4月18日
  • 年齢:18歳(2024年2月現在)
  • 身長:184㎝
  • 体重:113kg
  • 出身地:岩手県
  • 経歴:江釣子小学校(江釣子ジュニアスポーツ少年団)→江釣子中学校(金ヶ崎シニア)→花巻東高校(→スタンフォード大学
  • 家族:父(洋さん)・母・妹(秋羽さん) 父の洋さんは花巻東高校野球部の監督
  • 名前の由来:勝海舟の幼年期の名前

持ち味は「184㎝、113kgという規格外の体格から繰り出される長打力」の佐々木麟太郎選手。

強豪・花巻東高校で1年時からレギュラーを務め、本塁打を量産。高校通算140本塁打は歴代最多だそうです。

どんな人間性なのかという部分を、幼少期のエピソードなどから詳しく見ていきましょう。

佐々木麟太郎さんがどのような人物なのか見ていきましょう。

佐々木麟太郎の小学校時代:お米大好き!300回バットを振る努力家

佐々木麟太郎さんが野球を始めた小学校時代は、食べることが大好きで当時から体が大きく、また努力家だったそうです。

佐々木麟太郎さんは小学1年生から「江釣子スポーツ少年団」で野球を始めました。

野球を始めたきっかけは花巻東高校で甲子園で活躍していた菊池雄星選手への憧れだったそうです。

当時の監督の話によると、

  • 1年間で25本の柵越えを打った
  • 当時からパワーもあったし努力家。毎日300回バットを振っていた
  • 食べることが大好き、特にお米が好き
  • 小学校高学年の頃には周囲より一回りも二回りも体が大きかった

とのこと。

きっとランドセルが小さく見える小学生だったんでしょうね!

ちなみに高校生になってからは、1回の食事で弁当一つでは足りずに三つくらい食べたり弁当とは別に牛丼を買ったりすることもあるそうです。

ホームランを量産するパワーの源は、やはりよく食べること+努力だったんですね。

佐々木麟太郎の中学時代:大谷翔平の父も絶賛する力

佐々木麟太郎さんの中学時代はあの大谷翔平選手の父が監督を務めるチームでプレーし、監督も絶賛のパワーだったそうです。

佐々木麟太郎さんは中学生になり「金ヶ崎シニア」に入団。あの大谷翔平選手の父・徹さんが監督を務めるチームです。

麟太郎さんは投手兼三塁手としてプレーし、当時から恵まれた体格で本塁打を量産していたそう。

大谷徹さん(スポーツ報知より)

大谷徹さんは甲子園で佐々木麟太郎さんを応援した際のインタビューで、大谷選手と比較して

「全然、中学時代はこっち(麟太郎)の方が上。当たった時の力はすごい」

引用:スポーツ報知

と絶賛していたそうです!

あの大谷選手のお父さんにそんな風に言ってもらえるなんてすごすぎる!

また中学校の方でも、3年生の時には生徒会長を務めたそうです。

当時からリーダーシップのある生徒だったことがわかりますね!

佐々木麟太郎の家族:父は大谷を育てた監督・妹とは親友のように仲良し

佐々木麟太郎さんは父・母・麟太郎さん・妹の4人家族で、父は花巻東の監督でもあります。

佐々木麟太郎さんの父は、花巻東高校の野球部監督である洋さん。あの大谷翔平選手、菊池雄星選手を育てた名監督です。

あの有名な「大谷ノート」といわれる目標設定シートを書かせたのが佐々木洋監督で、自身の経験から「夢と目標と決意を明確にさせるため」に部員全員に書かせたものだそう。

smartFLASHより

ということは佐々木麟太郎選手もこのような指導を受けていて、目標が明確になっているんでしょうね。

スタンフォードに入れたのも、なりたい自分が明確になっているところが評価されたのかも!

また佐々木麟太郎さんの妹は1歳年下の秋羽(しゅう)さん。秋羽さんも花巻東高校の女子野球部で活躍しています。

日刊スポーツより

兄の麟太郎さんは時に秋羽さんにアドバイスをくれたりととても妹に優しく、幼少期からケンカはほぼないそうです!

寮生活で会話が減った今も秋羽さんは「ずっと優しい。親友みたい」と慕っているそうですよ。

妹に優しいお兄ちゃんなんて最高ですね!

佐々木麟太郎の名前の由来:幼少期の勝海舟

佐々木麟太郎さんの「麟太郎」という名前の由来は、「勝海舟の幼年期の名前」だそうです。

勝海舟

勝海舟は、スクリュー式蒸気軍艦「咸臨丸」で渡米し、海軍の育成に努めるなど、非常に革新的な考えを持った幕臣と言われています。

そして勝海舟は18歳の時に見た世界地図が、世界を見に行くきっかけになったそう。

佐々木麟太郎さんは2021年時点のインタビューでも、この勝海舟のように

今まで誰もやったことがないような新たな道を切り拓けるように。新たなことを起こせるように頑張っていきたいと思っています」

と語っていました。

まさに18歳でスタンフォード大への進学という「新たな道を切り拓く」ことになり、勝海舟の人生と重なりますね!

NumberWebより

佐々木麟太郎さんの性格は謙虚で「フォアザチーム」の精神、そして目標に向かう意思の強い方だと思われます。

花巻東高校で野球をしたいというのが小さい頃からの明確な目標だったという麟太郎さんは、父であり監督である洋さんから他校を勧められても意思は固かったそうで、

野球だけではなく人として成長できる環境だと思って、他の学校は考えられませんでした。それを監督さんに伝え、チームに入れて頂くことができました。

とインタビューで答えています。(引用:NumberWeb、以下同じ)

その他にも、

  • 「一度しかない人生です。ここでプレーして、人生の糧にしたいと思ってます。ここで野球できることに本当に感謝しています
  • 命をかけて花巻東のためにプレーしたいと思っています」
  • 「自分が打てる打てない関係なく、チームのために貢献するのが自分の目標です」

といった発言から、周りの環境に感謝を持てる、非常に謙虚でフォアザチームの精神を持った方だと思われます。

以上、佐々木麟太郎さんのwikiプロフィール、そしてどんな人物像かを調査した結果、このようなことがわかりました。

  • 小さい頃から食べることが好きで体格が良く、また毎日300回バットを振るほど努力していた
  • 中学時代は大谷選手の父の元でプレーし「大谷選手より上」と絶賛されるほどの力があった
  • 父は花巻東の名監督で「夢と決意と目標」を明確にすることを重視
  • 妹には優しく、親友のように仲が良い
  • 名前の由来である勝海舟のように「新たな道を切り拓く」という意識を持っている
  • 小さい頃から花巻東でプレーすることが明確な目標で、意思が強かった
  • フォアザチームの精神が強い

「小さい頃から体格が良く活躍していたが、決して奢らず周りへの感謝の気持ちを持ち、努力家で目標への意思が強い方」。そんな人物像が見えてきました。

佐々木麟太郎さんのこれからの活躍を応援しています!

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